トニー賞で、リバイバルミュージカル賞や、ミュージカル演出賞、ミュージカル助演男優賞を受賞したミュージカル、『アサシンズ(暗殺者たち)』。
これ、私としては珍しく『CD買って聞くよりも先に舞台が見たい』ミュージカルです。
 
アメリカにおいて大統領を暗殺しようとした9人の男女(未遂も含む)を、アメリカ的な『自由』や『社会』に適合できない人である、という定義で捉えて描いていく、コミカルでありながらブラックでありシリアスであるという、非常におもしろそうなミュージカルです。
で、9人の暗殺者たちが、ミュージカルの最後で歌う曲があるのですが。この歌詞と演出の温度差の皮肉が全くもってたまりません。
 
誰にでも幸せになる権利はある
怒らないで 人生そんなに捨てたもんじゃない
目標が見えてさえいれば 高みへと登れる
誰にでも夢を叶える権利がある
 
誰にでも人と違うことをする権利がある
時々過激になりすぎるけれど
成功するのも自由 失敗するのも自由
どんな夢を見たって牢屋にぶち込まれることはない
 
自由の国 なんにでもなれる
学者にもなれるし 金持ちにもなれる
自由の国 なんでも言える
叫び出せ 襟首を掴め
 
金持ちも貧乏人も 白人も黒人も
みんな自分の夢を持ち続けよう
誰にでも自分の夢を叶える権利はある

 
こんな曲を歌いながら、暗殺者たちはこれ見よがしに拳銃をちらつかせ、言葉の裏で『だから大統領の暗殺すら私たちに許された権利だ、だってここは自由の国なのだから』と、歪んだ自由を叫ぶわけです。
 
ここで思い出すのが、例の映画『華氏911』のキャッチコピーなんですよね。
『それは自由が燃える温度』
このコピーを始めて目にしたとき、あまりにも切なくて虚しくて重くて、ダラダラと泣いてしまったものです。
 
 
アメリカが、いままでのように外から言われるのではなく、中からの問題提起で『自由』の意味を捉え直そうとしているということは、多分かなりの行き詰まりを迎えているのではないかと思うんです。
でも、どこかで間違ってしまった部分はあるのかもしれないですけれど、それでも『自由』を高らかに宣言したアメリカの主張はやっぱり素晴らしいものだと思うんです。
だからこそ、いまのうちに足下を見直して欲しい。
自由のたいまつを掲げる女神を目指して世界中から集まってきた人達が作った、世界でも類をみないほどのMIX国家アメリカ。
だからこそ、ここで『自由』がよりよい姿で呪縛から解き放たれれば、世界の国々に対して素晴らしいお手本になると思うんです。
それはきっと、物量火力に物を言わせて世界の警察を気取るよりも、もっともっと、比べようもないぐらいに素晴らしいことだと思うから。
 
 
そういうことをじっくりと考えるためにも、是非CDではなくて生の舞台を先に見てみたいんです。曲と、演出と、そして客席の反応と。その全てを肌で味わいたいと思うんです。
『アサシンズ』は、私にとってそういうミュージカルです。

熱が高じて……

2004年5月2日 演劇
いっこまえの日記でアレグリアの話をしていたら、なんだかものすごくシルクのショーが見たくなってしまって。
でも日本公演はまだ先だし、高飛びする暇はあっても金はないので。
しかたないのでシルク・ドゥ・ソレイユの公式ページのメールクラブに入ってしまいました(笑)
 
サイトもメールももちろん英語まみれ……脳味噌必死に働かせて読みふけるよ(泣)
 
 
でも、久々にサイトの方でアレグリアのテーマ曲聞けてうれしかったなぁ。
ご興味のある方は言ってみるとよろしいっすよ。
ちなみに、英語版の他にフランス語版(メールニュースにはドイツ語版も)がありますので、お好みの方で。
 
http://www.cirquedusoleil.com
 
 
 
ちなみに、日本のシルク大ファンの方のページも分かりやすくて良いです。
 
http://www2.odn.ne.jp/~cba57390/index.html
ミュージカルが大好きで、一時期は身の程知らずにもミュージカル女優になりたいと真剣に思っていた私ですが。
そんな私がもんのすごく大好きなミュージカルが、来年再演されることになってます。
それはミス・サイゴン。
本当に本当に大好きで、どんな端役でもいい、もしあのミュージカルに出られるなら、舞台がハネたあと死んでもいいと本気で思うほど惚れ込んでいたミュージカルなので、再演は本当に嬉しいです。
で、オーディション結果が出てキャストが決まったということだったので、サイトの方に行ってチェックしてきました。
ミュージカルのサイトへ行くと、嬉しさと、身の程知らずの悔しさと、高揚感と敗北感と、とにかくそういう物がぐっちゃぐちゃに混ざって襲ってくるので、普段はあまり行かないようにしているのです。特に日本のミュージカルは。
でも、どうしても気になって行ってみました。
一応、自衛手段としてピンポンのサントラを流したヘッドフォンとか付けて、意識が集中しないようにとかしたりして。
ゆめぎわのらすとぼーい
えーえんなるむげーん
ゆめぎわのらすとぼーい
ふれていたいむげーん
よし、行ける。
 
 

でも。
案の定、キャスト表のページを開いて、エンジニア役の市村氏の名前を見た途端に、悲鳴に近い声を上げて号泣。
涙腺が壊れたみたいにボコボコと涙が湧いて落ちてきて、どーしようもなくなってしまいました。
こりゃいかんと思って、泣きながらページダウンして入ったら。
 
 
 
 
 
 
 
クリス役のキャストの中に、元access(今もか)の貴水博之の名前を発見。
 
 
 
 
 
 
  
 
その瞬間、脳味噌の全ての機能が、画面に向かって
「おいっっっっっっっっ!!!!!!!!」
とツッコミを入れる方向に向かってしまった(笑)
いや、別にヒロ嫌いなわけじゃないんだけどさ、嫌いだったら昔ライブとか行ってないし。
でも、ミス・サイゴンに出るとは思わなかったもんでね、ふいをつかれてびっくりしてしまったのですよ。
そ−か、あのハイトーンヴォイスで世界の終わる夜のようにとか歌っちゃうのか……それはそれでなんか笑えるような気がして見てみたいけど。
でも、帝劇の舞台に立って歌ってるヒロ見たら、ホントにわらっちゃいそうな気がするので、初見の時はヒロの回避けようっと。
 
 
 
そんなことを思っていたおかげで、涙も引っ込み馬鹿笑いして、楽しくサイト内を回れました。
これもヒロのおかげ。本当にTear’s Revelationでしたよ、ありがとう。
君にアクセス。
ミュージカル「アニーよ銃を取れ」(Annie get your gun)のCDを久々に聞きました。

「ショーほど素敵な商売はない」
……本当ですねえ。
辛いことも山の様にあるけど。
裏方の辛さもよーく知っているけれど。
成功の内に舞台がはねたら、それは全て忘れられる。楽しさだけが心に残る。
そんなのって素敵だね。
でもねぇ……
舞台から離れて1年くらい過ぎた頃からさぁ……
人前に出ると赤面したり足が震えたりするようになっちゃってさぁ……
もう戻れないなあ、いろんな意味で。
 
 
「I got the sun in the morning」
私にはお金も名誉もないけれど。
朝にはお日様、夜にはお月様がある。
それだけで私は幸せ。
それだけでいいのです。
当たり前の事が一番大切。

今の私にはこっちの方が似合ってるね。
似合ってるだけじゃない。
普通の毎日の大切さもよーく分かったから。
それが大切。それが一番。それで十分。
昨日の夜、腰が痛くてベッドの上でもんどりうってました。
やっぱりずれてるなあ……腰椎。
 
 
野田秀樹さんの舞台「キル」のビデオを垂れ流しながらの日記。
このお芝居大好きなんです。
というか、野田さんの脚本・演出の舞台はどれも好き。
特に好きなのは、「贋作桜の森の満開の下」と「贋作罪と罰」ですね。
この人の作品って、必ず「戦い」と「恋」の2つのエピソードが柱になってるんですけど、その絡み合い具合がとても素敵です。
それに、各々のキャラクターと、役者さんの激しいアクションも素敵。

また、言葉遊びや語呂合わせのような台詞も素敵。
「耳に心がついた所で、『恥』って言われるだけじゃないか」

「むほーまつ、人は何故生きるんだろう?」
「息をするからいきるんでさぁ」

「この旅は朦朧陽炎蜃気楼、そうならぬうちに故郷へもどろう!!」

こういうのは、ある意味「韻文」の範疇に入るものだと思うのだけれど、「散文」が主流になってしまった現代の文学や演劇においては、非常に珍しい部類に入ると思います。
もちろん、他の台詞もものすごく良いです。
 
 
……演劇、もっと真面目に続けてればよかったかな……なんて思ってみたり。
でもね、どこかで自分の限界を区切ってしまっていた所があった。
それが自分の限界だと思いこんでしまった。
もちろんそこが本当に自分の限界だったのかもしれない。
でも違ったかも知れない。
本当に限界まで突き詰めなかったからこそ、未だに迷う。
中途半端に終わってしまったからこそ、未練が残っている。
限界を見るのが怖くて、自分で自分から逃げ出した。
ダンスも演技も歌も。

……逃げちゃだめだね。
もう既に自分で自分の道を狭めてしまったけど、まだ道は幾つも残っているはず。
だから、頑張ろう。

お気に入り日記の更新

日記内を検索