静かにパニック。

2001年2月22日
朝、あまりにも頭痛が酷いので、これはもしや以前からぐいぐいと生えてきている親不知のせいではないかと睨み、会社から半休をもらって歯医者に行く。
レントゲンをとってアラびっくり!!
下顎の左右の親不知はパーフェクトに横向きに生えてきているではありませんか!
もともと私はものすごーく歯並びが悪い。原因は現代人らしい小さな顎に、昭和1桁生まれの人間並の立派な歯が生えてしまっているためらしい。どこの歯医者に行っても、「うーん、立派な歯だねえー。それにひきかえ……」といわれる始末。今回の横向き親不知も、未発達な顎のせいらしい。将来的には歯列矯正を考えろと、歯医者から宣告を受ける。トホホ……
とりあえず今日は、親不知の上に被さっている腫れた歯肉をレーザーメスで焼いて終わり。久々の口内麻酔で舌が痺れた。やっぱりキシロカイン(麻酔薬)はおいしくないねえ(涙)

ようやく家に戻ってきた所で、旦那の実家から電話が。
旦那の母方の祖母が亡くなったとの知らせ。
どうやら19日のドラえもんの話は、この騒動の布石だったらしい。
東京式のお葬式には幾度となく参列している私だが、東北式のお葬式はきっと勝手が違うだろうと判断、取り敢えず会社に休みを申請して、帰省の準備を始めた。
本人は結構落ち着いているつもりだったのだが、あとから思い返してみると、かなりパニック状態になっていたらしく、盛りの付いた猫のように落ち着き泣く動き回っては、あれこれと必要なモノを鞄に詰めて行く。葬式経験豊富な私は、しっかりと自分の喪服を持っている。(しかも洋服3着、着物1着)だが、旦那は喪服を持っていない。どこで買っていこうかと思い悩む。パニックの度合いはますます深まり、うろつきのスピードは更に加速の一途をたどる。
どーにかこーにか準備をつけ、いったん家に戻ってきた旦那と合流。急いで東京駅へと向かった。
そこから一路北へ。

仙台は寒かった。今日の東京の最高気温は19度だったというのに、仙台ではまだ息が白い。だが、2月という時期を鑑みると、こちらの方が正しいのではないかと思ったりもする。軽く腹ごしらえをし、旦那のご両親と合流して、旦那の実家へ帰る。
明日からは、目の回るような忙しい日々になるのだろう。私の直接の血縁という訳ではないが、初の孫嫁ということで、いろいろと可愛がってもらった義理の祖母が亡くなるのは、やはり少し寂しい。
出来る限りの事をして、後悔を残さないように頑張りたいと思う。

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